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日の出とともに、皆が起きだした。昨日と違って、今日のスチャット氏は口数が極端に少ない。挨拶をされても、ほとんど無言を押しとおした。未知の世界に入る緊張感が高みに達しているようだ。
早朝、楽団を先頭に長い行列が自宅からワット・パナチューンへ向かった。1324年に開創された古い歴史をもつこの寺には、すでに先輩僧たちが待ちかまえている。
仏・法・僧の三宝への敬いの意を込め、行列は本堂を3度回った。楽団の演奏の華やかさと神妙な面持ちの行列が奇妙な雰囲気を漂わせていた。 |
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本堂の境界石となるシーマに、スチャット氏の罪障に対して許しを願い出た。そして初めて本堂の中に入ることを許される。すべてはしきたりどおりに進行だという。
光が眩しかった。本堂の奥に安置された黄金仏がいっせいにきらめいていた。日本の仏像とは対象的な美を放っている。天上から仏陀が降臨したような絢燗たる空間だ。
ここで僧侶に任命する力を備えもった高僧と、パーリ語で問答を行わなければならない。だがこのパーリ語を理解し、自由に駆使できる人物はわずかの僧侶を除いて、現在では皆無に等しいという。
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そのため必要な問答集を数日前から勉強することになるのだが、誰に聞いても丸暗記するしか方法はないという。
無事にことが運ぶだろうか。本人はもちろんのこと参列者全員が緊張する瞬間だった。しかし、なんとか無事に暗諦し終えた。
その後、お茶、歯磨き粉、洗剤、塵紙など僧侶の日常生活に必要な品々が参列者から供物として差しだされ、スチャット氏は白衣から黄衣に着替える。
素肌にただ巻いたようにみえる黄衣も、初めての者にとって着方が難しい。先輩僧に細かい指示を受けないかぎり、一人では着られない。
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「この人物の入門に対して、皆は同意しているか」
高僧が参列者に尋ねる。かぼそいが、自信に満ちた声が帰ってきた。安堵感が本堂の中に漂いはじめた。これで、スチャット氏は僧侶となったのだ。
参列者の表情も先ほどとはうって変わってなごやかなものになっていた。再び昨日の陽気さが戻ってきたのだが、さすがにスチャット氏だけはまだ緊張の糸が切れない様子だった。
本堂を出たとき、新僧にうやうやしく礼拝をする婦人の姿が目に飛びこんできた。かたわらにいた彼の幼なじみに尋ねると「小学校時代の教師だ」という。 |
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話しかけるでもなく、礼拝をすますと彼女は立ち去った。すでに人びとの目には、この新僧が仏陀の代理人として映っていたのだ。
彼の母親は涙を隠そうともせず、新僧を見つめていた。母親の涙は息子の成長に対する喜びと、出家させることができた功徳に対する喜びの涙だという。母親に代わって、彼の叔父がいろいろと説明してくれた。
タイには、タン・ブンという考え方がある。徳(ブン)を得る(タン)という意味だ。現世はすべて前世の業によって大きく左右されている。この世の運、不運は前世の業の結果であり、それからは逃れることができない。しかし業を変化させることはできる。
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功徳を積むことだ。功徳を積めば積むほど業は変化し、現世でも幸せを手中に収めることができる。朝の悪事で変化した業は、昼の善行で取り戻せるという。
意識の中で、善悪のそろばんがいつもパチパチと音をたてて動いているに違いない。これこそ人間だ、まっとうな人問の本性だと痛感させられた。
功徳を積む最上の方法は、僧侶として修行を重ねることだとされる。しかも僧侶になれば、僧侶だけに開かれた涅槃への道を目指すことができる。完璧な修行を必要とされ、困難な道であっても、とりあえずは究極の目標を目指す機会と方法が設けられている。
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しかしこれは男性にだけ許された方法だ。女性の場合は、僧侶になることさえ生まれたときから閉ざされている。ならば、女性はどうすればいいのか。
寺の建立、仏跡の巡礼、食事の寄進など具体的な方法がいくつか用意されている。しかも功徳を積むにも、徳の点数をあげる順位が意識の中に存在する。
その中で女性が最大の功徳を積む方法は、自分の息子を僧侶として出家させることだという。息子が僧侶となって得た徳は、その母親にゆくと信じられている。
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兄に続いて2度めとなる最大の徳を得て、彼の母親の業は大きく変化したのだろう。来世も再び人として生まれ変われるかもしれない。幸福を想う存分に享受できるかもしれない。
この科学の時代にあって、まったく時代離れした行為と思想。しかしこれは、すべてが物質的な世界モデルに対する強烈な精神の闘いなのかもしれない。生まれながらにして背負った業は、自力以外に救われようがないのだから。
再び家に戻り、僧侶たちが迎え入れられた。得度式を終えたスチャット氏もこれからは一人前の僧侶として扱われる。
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僧侶が全員そろったところで、部屋の角に置かれた仏像から糸が伸ばされた。居並ぶ僧侶の手を通り、その糸を持って合掌し読経する。
糸はサーイ・シンと呼ばれる聖糸だった。僧侶の読経によって呪力がこの聖糸を伝わり、聖糸がとりまくすべてのものを聖化するという悪魔払いだ。魔術的世界の出現だった。
かたわらで僧侶の行為を凝視し続けていた男性が、私に合図を送ってきた。「これで、悪霊の侵入は阻止された。すべてがうまくいった」という満足そうな合図だった。
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その後、食事が僧侶に出された。豪華をきわめた食事を、無言のうちに僧侶が食べる。それを黙って見守る家族。これも家族が功徳を積むためのものだ。食事の終了とともに、僧侶たちは無言で帰っていった。
「終わった、これですべてが無事終了した」。
いろいろと私たちの面倒をみてくれたスチャット氏の叔父が、私の肩を抱き寄せて満面に喜びの表情をあらわした。よほど嬉しかったのだろう。父親を亡くしていたスチヤツト氏の親代わりとしては当然の喜びに違いない。 |